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 行ってきました北国能代。つい先日まで35、6度あった気温がうそのように涼しくなり、天気も最高、さわやか能代って感じでした。そんな中で行われた“バスケの文化祭”将来大きく成長する予感がするイベントでした。

 文化祭の総合プロデューサーをしたのがまだ35歳の石井一生さん。彼はヒステリアのメンバーでもありますので、会報のBULLETINに載せるレポートを依頼しました。そうしましたら実にまとまりのある分かりやすい原稿を送っていただいたので、転載の許可を頂きましたのでここに載せさせていただきます。

 私の担当はトークセッション。能代市の斉藤市長、渋谷のバスケストリートの小野理事長、そしてWEBで自らのコレクションのNBA選手の来たジャージ800枚を見せるミュージアムを開いてしまった袴田忠太さん。どなたも大変個性豊かな方でたのしいおしゃべりができました。

 それではおおまかな流れをつかむためにレポートを読んでくださいませ。

 


 

能代バスケロードフェスティバル
〜バスケの街能代で"バスケの文化祭"を開催しました〜

(文・石井一生 写真・島本和彦)

 

■ ご存じ“バスケの街能代”

 初めまして,石井一生と申します。東京・秋葉原でホームページ屋さん兼パソコンの面倒見のような仕事をしております。

 私は能代市で小中高とバスケをして育ちました。が,かの有名な能代工業高校ではなく,隣の能代高校でした。しかし弟2人は能代工業,両親はミニバスの指導者,親のまわりはバスケ関係の人間だらけ。そんな中で生きてきたため,毎年5月に行われる“能代カップ”にはずっとスタッフとして関わってきました。

 能代市が“バスケの街”を標榜してから25年が経ちました。知名度も上がり,秋田県外で“能代”と言えば“バスケ”と反応が出ることは全く珍しくありません。そして多くのバスケファンが,一度は能代に行ってみたいと口にしているのを見てきました。

 そこで地元出身の疑問です。“バスケの街能代”には一体何があるんだろう?お客様がいらっしゃったとき,能代工業高校の見学が良いだろうか。さびれてシャッター通りになった商店街にバスケの絵が描かれているのを見れば良いのだろうか。能代カップの開催中は試合を見ることができるが,普段,一般の観光客はバスケの街能代で何を見るのだろう…?

 

街コンスタッフ 左から柳谷、大塚、大山さん

 

■ “バスケミュージアム”オープン

 そんな中,島本さんと知り合い“12月21日はバスケットボールの日(http://bb1221.com)の活動している最中に,島本さんがお持ちの書籍や資料,工芸品、美術品などを能代に置くことになりました。「自分が家に残していても,家の奥さんにはその価値がわからないただのゴミになってしまう。であれば皆に開いて見てもらうのが良い」という主旨です(詳細は色々ありますが!)。こうして“能代バスケットボールLIBRARY&MUSEUM”が今年5月,オープンしました。将来的には日本のバスケの殿堂を目指そうと,http://hoophall.jpとしました。

 略称“能代バスケミュージアム”はバスケの街能代で初のバスケ観光施設になりました。観光でなくても,熱心な市民がやってきて所蔵の書籍を片っ端から読んでいます。とある遠方からいらっしゃった方は自分が中学生のときの月刊バスケットボール誌を開き,自分たちの記事を見つけて喜んでおられました。

(ちなみに,バスケミュージアムでは皆様からの現物寄付をお待ちしております。info@hoophall.jpへメールいただくか,バスケミュージアム0185-88-8876へお電話ください。月刊バスケットボールのバックナンバーなども歓迎です!)

 そんなバスケミュージアムがオープンしたところで,次はそれを活用したイベントを行い,定期的にアピールしていくことが必要となりました。そのためには年4回程度,季節に1個ずつイベントがあることが望ましいのです。能代市には5月の能代カップがありますが,それ以外は目立ったイベントがありません。12月にはバスケの誕生日を行うとして,その間にもイベントが欲しいと思っているところでした。

 

ミスドのキャラバントラックの前で

 

■ バスケDE街コンin能代

 ミュージアムが無事(?)小さくオープンし,能代カップも終わった5月末のこと。リアルタイム(高校バスケの熱戦ビデオ販売で全国的に有名)の大塚満彦さんから街コン開催の話をいただきました。街コンとは街ぐるみの大規模な合コンで,飲食店をはしごしながら知り合いやおつきあい相手を探していこうというイベントで,昨今全国的に行われています。それを「バスケの街能代なのだからバスケを絡めてやろう」という計画です。

 背景には田舎特有の少子高齢化があります。さらには田舎にも引きこもりの問題があります。街に出て,仲間を増やさないと,さらに街の外からやってくる人との交流も無いと,街の将来が無くなってしまう。そんな危機意識もあり,それを楽しい形で解消していけないか。そんな想いが街コンには込められていました。

 

能代北高書道部のパフォーマンス

 

■ 能代バスケロードフェスティバル

 前述したように,秋にイベントが欲しいバスケミュージアムとしては街コンに乗らないわけがありません。しかし街コンに集うのはお酒の飲める年齢の独身男女。もっと幅広い層に呼びかけられるイベントができないだろうか。そんな中考えついたのは能代市内を歩き回ってもらい,様々な体験をしながら楽しむイベントです。

 杜の都・仙台には9月に“定禅寺ストリートジャズフェスティバル”というイベントがあり,仙台市内のたくさんの会場で音楽の演奏が行われ,人々がそれらを回遊します。音楽のある中を歩き回りながら,食事や名産を見てまわるような仕掛けが年々大きくなっており,完全に秋の定番行事となっています。出演するバンドも全国から来ます。

 鳥取県境港市はゲゲゲの鬼太郎の作者・水木しげるの出身地ということで“水木しげるロード”を作り,妖怪の銅像を並べ,またスタンプラリーを行うことで,人々の回遊を狙っています。そうして人が集まるところでは関連のお店が開き,日々の街の活気が出てくるようになっています。

 NBAオールスターの開催地では周辺に様々なイベントが出ます。それらはオールスターゲームを祝っている点は共通ですが,それぞれが必ずしもバスケットボールそのものではありません。音楽ありパフォーマンスあり食事あり物産あり,バスケのルールを知らなくてもお祭りを楽しむことができます。

 では,能代市ではバスケロードを作り,そこを歩いてもらうのはどうだろう,そんな単純な発想から“能代バスケロードフェスティバル”は動き始めました。この時点で6月末です。開催日は既に決定しており,9月の22日23日です。

 イベント内容はバスケロードを仮決めし,その中に能代市と周辺町に関するブースを設置,それらを巡るスタンプラリーを置きます。さらにそのロード上で書道・川柳の掲載,物産の直販,音楽ライブ,バスケットボールパフォーマーJJショー,女子高校生による書道パフォーマンス,ヒーローショー,DJ,フリーマーケット,ドーナツの無料配布,トークショーなどをちりばめ,試合じゃないけどバスケに関係ありそうなものを集める2日間としました。途中で“バスケの文化祭”というコピーも生まれ,計画だけは出来上がってきました。

 

■ “バスケの文化祭”を掲げる意味

 バスケの試合がないのに,バスケットボールに関係の無さそうな書道やイベントを集め,あえてバスケを掲げるのは,大きな意味がありました。

 “バスケの街”とは言いますが,能代にだってバスケをしない人たちはたくさんいます。“バスケ”を掲げることで,バスケにあまり興味のない人たちには“自分には関係ない”と思われてしまうことがバスケの街の弱点だったのです。また,体育会系のものと思われがちな“バスケ”に敢えて逆の“文化祭”をつけることで「おやっ?」と思って欲しかったのです。

 学校での文化祭の雑多な感じ,でも皆が文化祭を楽しもうとしている,その最終目標をなんとなくバスケに繋げることができれば“バスケの街能代”の新たな意識になるのではないかと考えました。

 

市長とトーク 有意義なセッションだった

 

■ 情報発信と情報集約

 私は東京に住んでおり,8月9月は能代と東京を往復する生活となりました。そんな中で困ったのが情報発信の難しさと,情報集約の難しさです。いまどき情報といえばインターネットですが,そちらはそちらでOKでして,主に困ったのはスタッフの確保や,実際の地元の方との交渉をどうやって行うかでした。時期が差し迫っていたこともあり,スタッフは自分の同級生や近い知人からお願いすることになりました。

 そんな中で,自分も含めて,地方の弱みが見えてきました。最近はいろいろなところで,いろいろなイベントが行われていますが,単発な感じがするのは小さな中で完結してしまうからです。たくさんの人の連携を図ることができれば,より大きくインパクトのある形で実現していくことができます。そのためには計画段階からもっと早く手を打つべきでしたが,結果として今回は自分から1段目にいる人々のうち,さらに少数のところにしか到達できませんでした。これは大いなる反省点であり,さらに他の人のイベントにもよく見られる点であることがわかりました。

 準備中に次々とわかったことですが,田舎で人口も少ない能代市でも商工会議所,青年会議所,商店会などを初めとして多数の団体がバスケに関連したイベントを開催していたのです。それぞれが単発になってしまっていますが,次はこれらをくっつけていけばもっと良いものができるな,という感触があります。

(ここまで書いて思いましたが,いろんな人がバスケのイベントをたくさん開催してしまう能代は,すごいですね。もったいないですね)

 

■ 迫る開催

 私はバスケロードフェスティバルに注力しつつも普段の業務があります。幸いにもインターネットが繋がれば仕事はできますので,1週間前から能代入りし,準備に取りかかりました。

 街コンは参加者集めに苦労していたようでしたが,直前になって駆け込みの応募が増え,形になりそうな感じになってきました。バスケロードフェスティバルは直前まで出演者の調整などが続きました。いきなり呼ばれて手伝ってくださった方々,ありがとうございます!

 そんな中,部門を1つ丸々任せられる人材は貴重です。たまたま私の同級生で,バスケ部ではなかった友人が,音楽業界での仕事経験があり,ステージ関連のプロデュースをやってくれました。こういった人材発掘とそれをつなげていく作業が,イベントを開催するに当たってたくさん増えていきました。イベントを開催しなければ,この横のつながりは生まれないまま,人材が埋もれていく可能性が高かったのだなと思います。(その友人は黙っていても表に出てくるパワフルな人間ですが!)

 

JJのテクに子供の目はくぎ付け

 

■ 迎えた当日

 当日は市長に色々と無理なお願いをして,ご協力いただきました。普段は一般人には決められないダンクシュートも,リングが2mの高さならできますので,オープニングの始球式は能代市長のダンクとなりました。ステージイベントはラジオ公開放送,書道パフォーマンスの他,低いリングでのダンクコンテスト,トークショーなどたくさんの盛り上がりを作ることができました。島本さんには3つのトークセッションに出ていただき,バスケの街への意見をいただきました。

 当日は天気に恵まれて良かったのですが,その裏で米どころの秋田ではちょうど稲刈りの時期が重なってしまい,また他地域での大会などが重なったこともあり「行けなかった」の声もありました。地元の新聞を見て来る人の他,ネットで記事を見て遠方から来ていただいた方もいらっしゃいました。しかし地元でもイベントをまったく知らない人もいたようで,このへんのリサーチも課題です。しかしながら参加していただいたお客様には満足いただけたようで,次年度開催への期待が持たれます。

 

■ イベントを終えて

 地域(社会)を変えるのは よそ者・若者・馬鹿者 であると言われます。この言葉は5年前に島本さんが能代カップにいらっしゃった際に,飲み会の席上で聞きました。その後国会議員の先生も同じ事を言っておられました。少なくとも私は,能代にとっては半分よそ者,35歳で一応は若者,そして馬鹿者であることは間違いなさそうです。バスケの日の活動もこの精神で行ってきました。

 しかし,物事を動かすには,自分一人ではできませんし,何人かいただけでもできません。より多くの人にやりたいことを伝え,賛同してもらい,実際に動いてもらわないといけないのです。

 短い準備期間でのイベントであったため,反省点も多数ありますが,少なくとも今回は地元の若者と馬鹿者たちの横の連携を作り始めることができましたし,誰かがアクションを開始して皆がそれに乗るという経験を能代市民たちが見ることになりました。最初から「無理でしょ」と諦めてしまう地域住民に,一つ例を示すことができたわけです。

 その一方で,巻き込みが足りないことも指摘されましたし,「もっと私を使いなさい」と島本さんからのお言葉もいただきました。遠慮していたら使うことはできませんし,使わせていただくことでさらに世界が広がることを示していただきました。

 

ミュージアム前でフリースタイラーJJのパフォ

 

■ 将来に向けて

 バスケの文化祭は今後の形がどうなるかはわかりませんが,バスケ以外も集めてバスケを楽しむコンセプトで何かしら続けていきたいと思っています。楽市楽座的に,パフォーマンスや物販を開催したり,自費出版本や同人誌を売る“バスケのコミケ”を開催しても良いでしょう。もちろんバスケットボール競技そのものと併催してもOKですし,バスケを通じて自らのアピールをしたい人たちの集う場になったり,バスケに関係なく単純にお祭りとして楽しめるのだが,帰る頃にはなんとなくバスケが気になっちゃうような人を作る場であったりしてほしいと思います。

 また次回の開催が決まった際には会報に報告させていただきますので,皆さんも何か一枚噛んでやってみませんか? おもしろいですよ。是非よろしくお願いします!

 

ーーーーー島本和彦氏プロフィールーーーーー
1946年生まれ。東京都出身。1973年『月刊バスケットボール』(日本文化出版)の創刊に取り組み、1975年より同誌の編集長を務める。その後『HOOP』創刊にも立ち会い、NBAやNCAAのテレビ解説も行っている。また、日本におけるNBAファンクラブ(HOOP HYSTERIA)の会長を務める。