SD奨学金紀行@アリゾナ


薄く刷毛で掃いたような白い雲がアリゾナの強い青の空をいくぶん柔らかく見せている。
さわやかな空気。

そんな空気に似合わず胸焼けがしているのは、このところハンバーガーを食べ過ぎているからだな。なぜかアリゾナに来ると普段は食べないハンバーガーを食べる。
カリフォルニアやこの辺にあるin’N’outというハンバーガー店は好きなので、つい食べ過ぎる。

さて。
@スコッツデールコミュニティカレッジ。
今日ここのジムを訪れるゲストチームはアリゾナウェスタン(AW)大。
SD奨学金2期生谷口大智(F)、早川ジミー(GF)と、3期生矢代雪次郎(G)たちがやってくる。バスで3時間半の遠征である。

サウスケントでの奨学金の期間を終え新たな地でプレイしている彼らとの再会が、この旅のもう一つのハイライトだった。

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ジミー&大智の2期生は昨年ここアリゾナで一定の満足のいくシーズンを送っていた。だがそれははじめから約束されていたものではなくて、本人たちの努力で勝ち取った成果だった。苦しんだ時期を経て、チームでの役割を見出し、それをやれることを証明した結果プレイ時間を増やしていった。

ジミーはディフェンス力とリバウンド力でチームを下支えするタフガイ的役割を担っていて、このチームのリーダーの1人である。
大智は日本ではずっとセンター一筋だったが、ここではシュート力を買われ、高さのある3Pシューターとして時には2番起用されたことすらあった。
ヘッドコーチとの信頼関係は築かれていた。

ところが2年目の今期はじめに、ヘッドコーチの交代があった。後釜は昨季アシスタントコーチだったハラルが務めることになり、小柄だが能力ある新人ガード陣が加入。状況は変わった。新たなチーム、新たなチャレンジの始まりだった。

だからといって昨年二人がそれぞれ築いたチーム内でのポジションは崩れはしないだろう。新HCは昨年ACとして二人のプレイを1年間見て来ている。

一方、新人ガードの雪次郎の場合は事情が違った。彼をチームに受け入れたのは前ヘッドコーチの見立てであり、新しいヘッドコーチのそれではなかった。
同じ学年のアメリカ人ガードが3人加わった。彼らを中心とするチームが新コーチの構想のようである。
雪次郎は難しい立場に立たされることになった。

スターティングメンバーは彼ら3ガードと、2人の白人ビッグマン。大きな2人が中に陣取るその回りを、小さくて素早い3人が縦横無尽に動き回るようなイメージだ。
日本人フォワードの大智とジミー(時にガードも)はベンチからのスタート。
ガードの雪次郎はこの日ベンチ外だった。

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まばらな客席の中で、AW大のTシャツやチームカラーであるワインレッドのものを身につけたお年寄りの集団がいた。ホームのユマから3〜4時間かけてやってきたファンだという。このチームには毎試合そんなファンが応援に来ていて、ある御婦人など6時間かかる遠征地であっても欠かさず、毎試合見に訪れているという。
ワインレッドの帽子にお手製のゴールドの飾りがとても映えている。特に大声を上げるわけではなく、時折前を通る孫のような年の選手に声をかけ会話をしながら、思い思いに自分たちのチームを、そのゲームを楽しんでいる。

NBAやNCAAディビジョンT上位の華やかな世界だけにバスケファンがいるのではないのだな。どんな規模であっても、本質的にバスケは楽しいものだし、そこにいるのは人間だ。

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試合は始まって5分過ぎたところでジミー、大智がそろってコートへと送り出された。
とたんにディフェンスがピリッと締まった。エナジーが注入されたように見えた。
このチームはコート上の「TALK」、声を出すことが少ないように見える。
攻撃の中心のガード陣がみな1年生。2年生のフォワード、センター陣は日本、ブラジルからの留学生が多いというチーム構成が関係しているのかどうかは分からない。
試合を通して一番声を出していたのはジミーだった。これは贔屓目ではないと思う。

大智は一つ目のファウルをとられたあとすぐにベンチへと戻された。リズムをつかめないまま。

彼もこの時また今までにあまり感じたことのない悩みを抱えていたようだ。
学生選手にとってコーチの存在は大きく、彼らのかける言葉は良くも悪くも若者の心を揺さぶる。その後の人生の指針になることもあれば、時には心に暗幕を覆いかぶせることもある。

どうであれコーチという他者を変えることはできない。出来るのは自分を変えることだけだ。そういう意味において、現時点では大智は悩みながらも上手く自分をコントロールできているように感じた。

試合はAW大が終始大きくリードしていたが、終盤気が緩んだか猛然とスコッツデールCCの追い上げを許した。8点差で逃げ切ったもののピリッとしない終わり方ではあった。
コーチの雷が落ちることは必定であろう。

選手達は慌ただしくバスに乗り込み、ふたたび3時間半の道のりを帰って行った。
ホームのユマに着く頃には日付が変わっているだろう。
これからの3人の健闘を祈りつつ、バスを見送った。

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試合前、雪次郎は「すみません」と言い、うなだれた。
おそらくは日本から見にきた僕らにプレイを見せることができない現状を、詫びていた。
同学年のアメリカ人ガードたちが今の自分より上だというのも、認めざるをえない事実だったのだろう。だが。

自分を恥じることなどない。謝ることもない。
輝かしい時も不遇の時も、君は君の人生の真ん中にいるのだ、堂々としていればいい。
後輩思いの先輩ふたりは、悪ぶりながら照れを隠しながら、君のことを思っている。

願わくば、自分らしさを失わずに。
結果や数字が良ければもちろん嬉しい、だがそれはそれ。
奨学金の期間は終わっても、応援する僕たちの気持ちは変わらない。

それぞれの挑戦は続く。
次のページに、10ページ先にどんな展開があるかは分からない。
確かなのは後で来た道を振り返った時、今いる地点は過去にした選択の結果であるということ。
自分の望む、自分らしい選択をしたのなら何も間違いはない。
選択が誤りだったと知ったら、やり直せばいい。
その先にどんな展開が待っているかは、神のみぞ知る、アリゾナの青空のみぞ知る。

見上げる天はそれぞれとつながっている。

 
井上雄彦 
02/03/2012

  大智ブログ:http://ameblo.jp/basketball-d-0099/

  ジミーブログ:http://ameblo.jp/dwyanej2263/

  雪次郎ブログ:http://ameblo.jp/yukijiro-846/


 

SD奨学金紀行@サウスケント

この時期にしては拍子抜けするような暖かさのニューヨークに一泊して、車で2時間、コネチカット州ケントの町へ到着。
雪はない。
昨年2月にここを訪れたときには深い雪で一面真っ白だったのだが、今年は暖冬のようだ。
もう何度目の滞在になるだろうか、すっかり顔なじみになった宿の主人に挨拶をして、さて、夜のゲームまで時間があるので辺りを散歩でもしてこようか。
マンハッタンとの空気の違いは明らかで、澄んだ空気を思い切り吸い込む。

サウスケントスクールはこれまで代々スラムダンク奨学生たちを受け入れてきた学校。
現在は4期生山崎稜がここでバスケットをしている。
今晩19時30分から始まるホームゲームを見に行く。

日が落ちてきた。ちょっと冷えてきた。

いやちょっとじゃない、外を歩くとやっぱり寒い!
散歩は1分で戻ってきた。

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試合の相手は全米No.1にもランクされるBrewster Academy。
山崎稜選手は2番のスタメンで出場。身体が日本で会ったときよりも一回り厚みを増したように見える。
まぶたにカットした痕が赤く残っている。
当たりの激しさに日々もまれている様子が想像できる。

試合前半は一進一退のゲームで、ミスは目につくものの個人としてもチームとしても前半は互角に渡り合う時間帯もあった。
しかし時間が経つにつれ徐々にBrewsterが力の差を示し始める。

山崎選手の強みは柔らかいタッチで放たれる3Pシュート。リリースも早い。
チームのベストシューターだとジェファーソンヘッドコーチにも認められている。この日は2本の3pを決めた。
得点を決められるという分かりやすい武器を持っているということ、これは強みだ。

一方で厳しい経験もした。
Brewsterの激しいディフェンスにターンオーバーを連発させられる。
ポストに入れるパスをことごとく長い腕に引っ掛けられてしまうのだ。
ターンオーバーのそれも同じミスを続けて犯すことほど凹む状況はない。
このとき相手ディフェンスは、ドライブしてくる攻め気を感じていなかっただろう。
3Pさえ気をつければ大丈夫と見た相手は、追い込むようにパスミスを誘った。

同じようにチームとしてもサウスケントは相手の強さやディフェンスの激しさに次第に圧倒され、20点差のつく敗戦となった。

あまり感情が表に出ないタイプで何事にも動じていないように見える彼(本人は内心はそんなことないと言っていた)だが、この日の試合後の表情はやはりいくらか落ち込んでいるようにも見えた。足首をアイシングしながら、その目には悔しさがにじんでいるのが見て取れた。

自分に何が足りないか。本人はもう分かっている。

3Pシュートという目立つ武器を持っている山崎稜。
ドリブル、ボールハンドリングを、コート上で自信を持てるまでに向上させることができたら、持ち前のシュート力は今以上に威力を増すことになるだろう。

ところで余談だが、こういった高校のゲームでは教師の子どもや地域の小さい子達も観戦に来ていて、試合後は今見たプレイをさっそく真似するように、コート上に入り乱れて遊び始める。
バスケットボールがラインの向こうにあるものではない、人々の中にある。
そんな光景を見るのが好きだ。

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翌日の試合はWinchendon schoolを迎えてのホームゲーム。
Winchendonは共学校だからか、女の子の応援も来ている。
全寮制男子校であるサウスケントにとってここは何としても負けられまい。バスケでは勝つ・・。

女生徒はいないかも知れないが大学のスカウトは時々見にきている。
この日はチームの7フッター(213cm)のセンターが(どこの大学だったか失念したが、)声をかけられていた。

ゲームはサウスケントが先日とは逆の立場となり終始リードを保つ展開。この日も2番のスタメンで登場した山崎選手は、3P5本!(5/8)を含む18得点。フィニッシュにはいたらなかったがバスケットへドライブしていく場面も何度か見られた。

試合は大差をつけての快勝だった。

ジェファーソンヘッドコーチによれば、リョウはいつでもジム(体育館)にいてシュートを打っている選手だという。バスケ漬けの日々を送っている。
課題は誰の目にもはっきりしていて、まずはボールハンドリング力だ。

今頃はきっとシューティングに加えて、ドリブルのドリルに汗を流していることだろう。

4期生の奮闘は続く。

 
井上雄彦 
01/30/2012

追記:
そういえば、アメリカでバスケットをやりたいと思っている高校生、中学生には知っておいてもらいたいことがあります。

学校の勉強をおろそかにするなかれ。
高校の先、アメリカの大学に行ってプレイしたい場合、勉強はその行き先を決める要素になるということ。

・TOEFL(英語を母国語としない人のための英語テスト)
・SAT(アメリカ人も含め、大学へ進学する生徒全員が受けるテスト、critical reading、writing、数学など)
・日本の学校での評定(GPA: Grade Point Average)

もちろん高いレベルの大学でバスケットをやるためにはそれに見合ったバスケのスキルがなくてはならない。だけど、バスケが上手いだけでは十分ではなくて、上記の試験等である一定以上の成績を取らなくては、大学でのプレイはかなわない。これははっきりしている。

アメリカの大学はディビジョンT、ディビジョンU、ディビジョンV、ジュニアカレッジ(短大)等に分かれていて、例えばD-Uの大学でプレイするには上記SATで最低820点(2400点満点中)が必要、日本でも名前を知られているようなD-Tの大学でプレイするためには少なくともSAT860点が必要である等(自分の理解はいくぶん大まかなものなので実際留学希望の方は「SAT NCAA D1」等で検索して調べてみてください)。

つまり、テストの点、学業成績がよいほど進路の選択肢は多くなり、逆の場合はどんなにバスケが上手くても選択肢が限られる。なに、いたずらに恐れることはない、べらぼうに高成績である必要はない。しかし基準をクリアするくらいには勉強をしなくてはならないということです。

(まあ自分もそれほど勉強はしてなかったので大きな声で言うのは恥ずかしいのですが、あえて言う。)もし、「バスケで生きるから勉強はどうでもいい」という考えの人がいたらその考えは今日までで終わり。 レブロンジェームス並みの才能や220cmの頑強な体を持つ人でない限り、「普段の勉強をおろそかにしない」という意識を頭に置いておくことが、いずれ自分の身を助けることになると思います。