今日からスラムダンク奨学金の選手受け入れ先であるSouth Kent Schoolの視察などのためのアメリカ出張。

今シカゴ経由でボストンに到着しました。
シカゴはマイナス12度で雪。ここボストンはそれよりも体感温度は低い。何度だろう?夕食に外に出る頃にはもっと寒いだろう。

予想通り機中で眠ることが出来ず、映画を3本、雑誌を2冊完遂。合間にふと浮かんだ漫画のネタをメモ。さらに今回お会いする予定のSouth Kentバスケットボールチームのヘッドコーチ氏や学生らに聞いてみたいことなどを考えていたら、合計約12時間のフライトも短く感じられた。
おっと外はいつの間にか日が暮れている。午後5時半。さすがに眠い。今日予定を入れてなくてよかった・・。

今TVではDuke対Boston Collegeのゲームをやっている。大学生特有の熱い空気。気持ちが伝わってくることにかけてはプロのゲームにも勝る。
まさにこのような舞台でプレイするチャンスを得てほしいがために、この奨学金はあると言ってもいいんである。まずSD奨学金を得てSouth Kentでプレイすることによって、次にNCAAディビジョン1の大学からの奨学金を勝ち取ることが目標になるからだ。

明日はボストンから車で1時間半ほどのところにあるクッシングアカデミーを視察。これはSouth Kentが夏期休暇に入る6〜8月の間に入ってもらうことになる語学習得のための学校。

明日も寒そうだ。

今日はメシ食って寝ます。

 
井上雄彦 
01/29/2007


夕べはダウンを着込み食事に出ようとしたが、10歩ほど歩いたら体の芯まで冷気が侵入してきた!あわててとって返し外を通らずに行けるレストランに変更。弱。こっちに来る学生はどうやら冬の寒さ対策も必要なようだ。

ボストンはシーフードで知られる街なので日本人にとっても食事に困ることはない。まずまずの牡蠣やクラムチャウダー、ロブスターなどを皆で食す。

部屋に戻り数分間パソコンに向かったところで猛烈な睡魔がきた。あっさり降伏。午後9時。

数えてみたら27時間ほど起き続けていたわけだが、それでも午前1時に目が覚める。そこから眠ったような起きてるような時間をとろとろ過ごし、5時には完全に目が覚める。ぱっちりだ。アメリカに来るといつも最初はこんな感じ。

サッカーのいわゆる海外組の選手たちが、代表の試合で日本に戻ってきてまもなくプレイしたりしていたが、本当にあれは大変だったろうと思う。

さて、今日は朝9時にチェックアウトしてクッシングに出発である。

スターバックスで朝飯でも食べておくか。

天気予報によると今日はさらに冷えそうだ。

 
井上雄彦 
01/30/2007


およそ2時間半のドライブで今コネチカット州Kentという小さな町の小さ〜なホテルに到着。午後5時半、とっぷり日が暮れている。ホテルの名をStarbuck Innという。オーナーが出迎えてくれたが、Starbuckさんというのだそうで、オーナーの名前なんだな。人ん家の客間に泊めてもらうような感じだ。何かほんわかする。しかしこんな田舎町の小さなホテルでもLANが入ってるのはアメリカだなあ。明日South Kentに行くため今夜からここに2泊することにする。

今日はCushing Academyという高校を見てきた。Bostonから車で1時間半ほどのAshburnhamという町(極小)。見晴らしのいい高台に建つ赤煉瓦造りの建物群が目に入った。車を降りると、猛烈に寒い!ぬおーとか言って身をよじりつつ進む怪しい3人の40男に、すごくさわやかに挨拶してくれる生徒の子がいた。

                * 

この奨学金プログラムでは、夏のおよそ2ヶ月間(6月末〜8月末)をSouth KentではなくこのCushing Academyで過ごすことになる。寮で他国の生徒と暮らし、午前中はESL(英語が母国語でない人のための英語)の授業を受け、ジムで自分のトレーニングメニューをこなす。夏休みだからと日本に帰るのではなくここのサマースクールに入ってもらうのは、もちろん英語力の向上が一番の目的。ここでの2ヶ月間でコミュニケーション能力を身につけて9月の新学期を迎えてもらうためである。

我々を迎えてくれたのはサマーセッション部長(?)のダニエルさん。感じの良いジェントルマンで、丁寧に校内を案内してくれた。

結論から言えば施設は非常に充実しているという印象を受けた。私はアメリカの学校に通った経験はないので、高校時代留学経験のある同行の奨学金主力スタッフ、Mr.ササーキfrom集英社に尋ねてみた。ひょっとしてこのくらいが平均だったりするのか?と一瞬思ったもんだから。するとササーキ氏曰く、非常に恵まれた環境と思うとのこと。オレのときと全然ちがーう!とのことであった。

特に印象に残ったのはアートの施設と運動施設。ダニエル氏もアートの環境はこの学校の自慢であり特徴のひとつであると強調していた。アート?

午後は選択授業でアート(いわゆる美術、絵や陶芸、彫金など)、パフォーミングアート(音楽、ダンス、演劇など)、アカデミック(科学や数学など)の3つから選んで学ぶことが出来る。ここに来る目的とは関係ないかもしれないが、かなり本格的な設備があるのでアート、パフォーミングアートは選択してみたらいいと思う。生徒の作品にもかなりのレベルのものがあった。この二つは正直自分でもやってみたいと思ったりもした。

ダニエル氏はアートの施設に比べたら古いので運動施設には満足しておらず、次に新しくするならこの部分と欲張りにも言っていたが、日本の平均的高校を出た自分の目には充分な施設に思える。バスケット専用のジム(体育館)があり、広いロッカールーム、ウェイトトレーニングルームには一通りのマシンはそろっている。常駐の専属トレーナーがいて、故障に対しても病院に行くほどでないものはここでケアできるようになっている。さらには洗濯物をボックスに入れておけばきれいにして戻ってくるサービスも(有料)。

約2ヶ月の間、奨学生はここで自分のトレーニングメニューをこなしていくことになる。バスケットのチームも7チームほどあると言うが、あらゆるレベルの生徒をミックスするとのこと(1チーム8〜9人)、対外試合はないこと、おもにハーフコートで練習してることからそんなに本格的ではないと思われる。ただ週末にはフルコートを使ってピックアップゲームも行われるとのことなので、あくまで井上の想像だがそっちの方が腕自慢には楽しいかもしれない。

ともかく自分のメニューをこなすのに充分な施設はそろっている。

敷地内にはほかにサッカーや野球の出来るグラウンド、テニスコート、アイスホッケーリンク、フットボールやグラウンドホッケー、ラクロスの出来る(このニューイングランド地方はラクロスが盛んらしい)人工芝グラウンドなどがある。

校内のレストランは生徒だけでなく教師も毎日利用するとのことだからきっと結構うまいのだろう。ビュッフェ形式のちょっとしたホテルのレストランのようであり、ダニエルさんも「ウマし」と言っていた。ただ、コーヒーだけは「マズし」と言っていた。

1日の流れはだいたいこんな感じになる。
 朝から昼までESLの授業を受ける。
 ランチを食べて、午後は選択でアートやアカデミックの授業。
 夕食。
 ここまでの時間の合間にうちの奨学生はトレーニングメニューをこなす。
 夕食のあとは8時から10時まで各自部屋で英語の勉強タイム。
 見回りがいて、その間テレビやインターネットは禁止。 
 30分のフリータイムの後、10時30分に消灯。
 ぐっすり寝る。

10時半消灯は我々からすれば早いが、初めての環境、慣れない言葉でのコミュニケーション、授業、トレーニング、自分が今何をしなくてはならないかの優先順位が分かっているなら、おのずとこのくらいには眠るんじゃないか。疲れて。その分週末には外に出かけることを大いに勧めるとダニエルさんは言う。

若い頃に目的に向かって集中する時期があるかどうかは、その後の自分をかなり大きく左右する。

本当にやりたいことと何となく流されることは似ているようでまったく違う。モノと情報の洪水に内心疲れ気味の我々は、もう少し人生をシンプルにしてもいいんじゃないのかと、自戒してみたりもした。
    
                *

午前3時。素晴らしく目覚めが良い。あ〜

寝るのはあきらめた。夕べの雪は積もったようだ。今日はいよいよ今回のメイン、South Kent School訪問。うちの奨学生が約1年間をどんなところで、どんな人たちと過ごすのか、見てきます。試合も見れるので楽しみだ。ほんじゃ。

いつの間にか夜が明けて、ベーコンを焼く匂いがする。スターバックさんの朝食はどんなかな。

 
井上雄彦 
01/31/2007


スターバックさんの朝食はうまかった〜。
結構いかつい顔でいい体格の氏が前掛けをして手料理をサーブしてくれる姿は何ともいえないいい味があった。足元には焦げ茶色のラブラドールが鼻をすんすんいわして行ったり来たりする。Madisonという名のメス、年は聞かなかった。顎の下をさすりまくってあげた。

午前10時、South Kent Schoolのディレクターのリチャードさんが迎えにきてくれた。アメリカ人としては小柄で、目がきれいな紳士だ。何だか今回は会う人会う人感じの良い人ばかりであるな。彼はSouth Kentの卒業生でもある。

同行の奨学金重要スタッフ、Mr.ナカムーラfrom集英社が、4月に来たときの印象とまた違うなーウンウンこの季節はこの季節でまたいいなウンbeautifu〜l、と、薄い雪に覆われた白いキャンパスを歩きながらしきりに独り言ちていた。

Cushing Academyともまた違った印象、ひとつひとつの建物は小ぶりで広い敷地の中にレンガ造りの建物が点在している感じ。なだらかな斜面に建っている。

やはりアートの施設がある。この辺の地域の私立高校の特徴であるようだ。陶芸の施設が充実している。ここからアートの学校へ進路を決める生徒も数人いると言う。

寮を見せてもらう。いくつかあって、古いもの、新しいもの、かなり汚い部屋、まあまあ汚い部屋、やや汚い部屋などいろいろである。若い男子の部屋は世界中どこでもこんなものだろう。我々の奨学生もまたこの寮に住むことになる。このような全寮制の学校は、先生や職員たちも学校の敷地の中に家族とともに住んでいて、生徒たちのまあ言ってみれば親代わりのような役割をしている。自分の高校時代(in Kagoshima)と比べてみると先生と生徒の距離がとても近い。。

ジム(体育館)とウェイトトレーニング施設はさすがに充実している。昨日Cushing Academyの施設にダニエルさんが満足してないと言っていたが、なるほど確かにここに比べたらいくらか見劣りするな。納得。

うらやましく思ったのはジムはいつでもオープンなこと。彼らはみな敷地内の寮に住んでいるので、授業のないときや空いた時間、いつでもここに来てシュート練習したり筋力トレーニングもできる。我々が案内されているときも一人また一人と生徒が現れてシュートを放ってた。プレップチームは今夜ここで他校を迎えてのゲームを戦う。

日本人と韓国人の留学生たちとランチをともにし、話をした。一人は将来車のデザイナーになりたいと話してくれた。その中に15歳の日本の子がいて、彼はバスケがしたくて先輩を頼ってここに来たと言う。上背はないががっちりトレーニングのあとがうかがえる体をしている。Varsity(2軍)のチームでプレイしていて、もちろんまだ若いからいずれ将来はPrep(1軍)チームに上がり、大学からの奨学金を得たいという考えだろうか。もちろんその先にさらに大きな夢があるけれども、それがどうあれ、どこでもいいからバスケで食っていきたいと言っていた。頼もしい。がんばってくれ。話してくれてありがとう。

ここで、この学校のことやバスケチームの構成について、日本とは違うので説明が必要かもしれない。

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South Kent Schoolというのは10、11、12年生(日本でいう高校?、2、3年生)とpostgraduate(PG、高3の1個上)という課程の生徒が通う学校で、このPG課程が併設された学校をprep school(プレップスクール)と呼び、PGの8割くらいはスポーツで大学に進学する、あるいはそれを目指す生徒たちである(この割合はこの学校だけかもわからん)。外国からの留学生は学年を問わず多くいた。
・・自分の理解ではこうなのだがもし違ったら誰か指摘して・・。

バスケのチームは3軍まである。一番強い正規軍と言うか1軍がPrepチームで、地域のプレップリーグ、さらには全米の同様の他校とトーナメントを戦う。

1軍選手は必ずしも全員がPG課程の生徒ではなく、学年問わずいい選手ならPrepチーム入りするようである。現に17歳の韓国人選手がいた。このチームから直接(大学を経ず)マイアミヒートへドラフト1巡目で指名されて現在3年目のドレル・ライトがいるが、彼は12年生(高3)のときにこのPrepチームでプレイしている。

ちなみに国際色は豊かで、韓国、セネガル、ナイジェリア、イギリス、クロアチアなどからの留学生がプレイしている。

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午後にはヘッドコーチのChilliusさんにたっぷりインタビューをさせてもらった。チームの状況、留学生について、教え子でNBA選手のDorell Wrightについて、日本人について、彼自身のコーチ哲学についてand more・・。内容は長くなるのでここには書かないが、少年ジャンプとビジネスジャンプ、それと奨学金のサイトに近日中にアップするので、興味のある方はぜひぜひチェックしてください。

さて、夜はホームゲームを観戦である。6時の試合開始に間に合うように、リチャードさんらと早い夕食を素早く食べた。日頃あまり食べない牛肉を食べてしまった。分厚いのを。

ゲームである。正直相手が弱かったかな〜・・。前半のうちにサウスケントがフルコートプレスを仕掛けたら相手はボールをなかなか運べなくなり、しまいには10秒バイオレーションをとられる始末。このディフェンスが決め手となり、早々に勝敗は決してしまった。選手たちはよく走っていた。ただ両チームともにミスの多い、大味なゲームだったと言えよう。

日本人選手がこの中に入ってプレイするところを想像しながら見ていた。個人的には日本のいい選手ならば十分戦力になれると思っている。一方で、フィジカル・メンタル両面の個の強さは絶対に必要だと感じた。

リチャードさんにお礼を言って別れた。我々3人だけで軽くビールを飲み、長い1日を締めくくった。

明日はニューヨークまで2時間車を走らせ、JFK空港よりマイアミに入る。極寒のコネチカットから灼熱(行ったことないんで知らんけど)のフロリダへ。

South Kent School プレップチーム出身のDorellに話を聞く。

 
井上雄彦 
02/01/2007


NYは人も風景もなんとギスギスしていることか!ニューヨーカーの方すいません。寒くて静かなニューイングランド地方に数日いただけで私の心は知らぬ間に浄化されていたようである。人がみな優しかったのはあの環境がそうさせるのかも。ウェイトレスに敵を見るような目で見られている(気がする)。

JFKよりマイアミに飛ぶ。ダウンジャケットとマフラーを無理矢理バッグに押し込んでチェックイン。今回の旅は服装選びが難しかった。

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鹿がひょこっと出てきそうなところにいた数日で浄化された私の目には、照りつける青空と湿った空気、海を臨む有名人や億万長者の豪邸とクルーザー、色の濃いパームツリーと高層ビル群のこの大都会が、どこか猥褻で頽廃的に見えた。

全米最大のスポーツイベント、スーパーボウルが今週末にここマイアミで行われるためホテル予約は難航を極めた(らしい)。Aquaという名の、外観は1930年代だかのアールデコ調のこじんまりとした、かわいいんだかどうなんだか微妙なホテル。部屋の中は前の客のものなのか、強烈な香水の匂いが残っていて目眩がした。インタビューのための会場到着時間が迫っているため、シャワーも浴びずに部屋を出た。年齢的な疲れもあってか若干体調不良気味のナカムーラ氏が、ちょっとシャワーお湯出ないんだけどと言っていたが時間がないので黙殺し出発。

今夜はアメリカンエアラインズアリーナで、マイアミヒートがクリーブランドキャブスを迎え撃つ。ゲーム前にサウスケント卒の3年目21歳、Dorell Wright(ドレル・ライト)に話を聞く手はずになっている。

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会場入り口でデトロイト在住のライター青木氏とばったり。しばしバスケ話。KJことコロンビア大の松井啓十郎選手のプレイングタイムがこのごろ減っているんですよと心配顔で話していた。最前線で挑戦している若者の毎日は、それぞれが明日をも知れぬ日々だろう。応援してますよ。がんばってくれ。我々もがんばらんと。一歩一歩。
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ロッカールームに入ると「6 JONES」のネームプレートが。ヒートはこの日、噂通りエディー・ジョーンズと契約したようだ。間もなく現れた元レイカーズで私の大好きな選手のエディーに、その場にいたほとんどのメディアが群がった。そのとなりが「1 WRIGHT」。

続いて現れたドレル・ライトは満面の笑みで「My main ma〜n!」と言いながら,エディーに抱きついた。彼はもともとの出身はLAだから子供の頃きっとレイカーズのエディ−をファンの目で見ていたに違いない。すでに年長者の域のエディーから21歳のドレルが学ぶことは多いだろう。

昨日コーチChilliusさんが言っていたように、性格のいい若者である。おじさんにはそう見えた。チーム状態がなかなか上向かないヒートのことを聞いているときと違って、サウスケント時代の話や、特にコーチChilliusの話になったときには自然に顔がほころんだ。まだあどけなさの残るという表現がぴったりの笑顔だった。

インタビューの詳細は近日発売の少年ジャンプ、ビジネスジャンプ、それに奨学金のサイトにもアップする予定なので要チェックで。

最後に、サウスケントに日本から選手が来るとしたらそこでのすべてを楽しんでほしい、と出世頭の先輩は言っていた。

さて、ゲームはメインの目的ではなかったが、もちろん楽しまなくては。いや、正直レブロン(キャブス)は故障あけで完調にはほど遠い感じだったし、シャックも同様、ウェイドはこれがあのウェイド?というほどちぐはぐな動きでターンオーバーを連発、途中までは凡戦の様相で時差と戦うおじさんに睡魔が襲ってきたりもしたがしかし。

それはここから始まる「ドウェイン・ウェイド・SHOW」の巧妙な前振りであった。

第4クォーター終盤、俺がゲームを決めると決意したときのウェイドはまるで、背景に「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・」と書いてあるかのようなオーラを発し、しゃにむにドライブし、バスケットにアタックする。かと思えば急ストップしてジャンプシュート。そしてまた超速のドライブ。当然相手も全力で抑えにかかるから、うわそりゃ無理だろ!というような状況に陥るが、それでもなお決める。パスすることなど1%も考えていない。

これはセルフィッシュというものだろうか?

そうではない。

チームを背負っている男であるという自覚、ゲームを決める男であるという自信。前半駄目駄目だっただけに余計に終盤でのこの尋常ならざる勝負強さが胸を鷲掴みにする。その才能と、何倍もの努力によって磨かれたプレイに、心を震わされる。

マイアミヒート自体に思い入れはなく(レイカーズファンだし)、比較的傍観者的に観ていた私でさえ、正直に言えば涙が出そうになった瞬間があった。選手の背景や人間ドラマなどの予備知識によることなく、ただ目の前の、繰り広げられる1人の男のプレイによって。

力をもらいました。これを堪能したっていうんだな。

ホテルに戻った。相変わらず香水の匂いは鼻を衝いたが、1分も起きてられずに轟沈す。

 
井上雄彦 
02/02/2007


昨日のニュースで間違いが!ヒートのホームはアメリカウェストじゃなくてアメリカンエアラインズアリーナ!アメリカウェストはフェニックスでした。訂正します。

               *

さて。2泊もするとこのAquaという名のホテルにもそれなりの愛着がわいてくる。部屋に残る香水の匂いも気にならなくなったし、朝食のシリアルが湿気っていたことも、床のタイルがぬるぬる滑ることも特に気にならない。Mr.ナカムーラの部屋のシャワーもちゃんとお湯が出たし、Mr.ササーキの部屋の夜中のラップ音すら、彼はそれを録音してみるほど落ち着いた対応を見せた。人間は慣れるもの。そして慣れた頃に次の町へ移動である。

出発前にシャワーを浴びておく。お湯もちゃんと出る。旅行中のからだは思いのほか疲れていたりするから、シャワーのたびにそのありがたみを感じる。さて、と壁のバスタオルを引き寄せると、ごとりと音をたてて金属製のタオル掛けが床に落ちた。

素敵なホテルだった。
 
               *

現在ロサンジェルスへの機中である。国内線だというのに5時間強のフライトとはどういうことなんだ。ちょっとした海外遠征なみである。気候も場所によっては激しく違うし、時差が東海岸と西海岸で3時間。東から西へ移動する今日は我々にとって1日が27時間あるということだ。

アメリカでスポーツで食っていくなら、移動も苦にしないタフさとともに自己管理が必要だ。情報で知ったつもりになっていたが、今回その大変さの片鱗を実感することが出来た。

サウスケントで高校の試合を、マイアミでNBAの試合を見てきた。最後に今夜LAで大学の試合を見て帰ることにしている。実は自分にとってアメリカのカレッジの試合を生で見るのはこれが初めてだから非常に楽しみだった。我々の奨学生が、次に目指すべき場所はここNCAA ディビジョン?の舞台である。

ポートランド大学対ロヨラメリーモント大学のゲームを見る。

ポートランド大の先発PGは、1年生の日本人である。ここにも1人、果敢な挑戦者がいる。

あと2時間弱でLAXに到着する。
まだ2時間もあんのかオイ!

 
井上雄彦 
02/03/2007


大学のゲームを見て今回の旅を締めくくることにする。結構ひさびさのカリフォルニア州ロサンジェルス。2月でも日差しは強いが日陰に入るとひんやり涼しい。夜は上着がないとやや寒い。

ナカムーラ氏は空港をおりるや、やっぱりここの空気が一番肌に合うなーウンウン落ち着くと言うかねボクに合ってる、とまた独り言ちている。体調は戻ったようだ。

荷物をムリヤリ押し込んでいたスーツケースがあえなくぶっ壊れたので代わりを購入しておく。

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大学はやはり高校とは施設もジムも規模が違う。ゲーム観戦に来たのでトレーニング施設をつぶさに見たわけでもないが、外から見える部分だけでもなかなかの規模であることがうかがえる。

訪れたのはLAにあるLoyola Marymount University (LMU)。今夜はポートランド大を迎えてのゲームである。両大学はWest Coastカンファレンスに所属。LMU、ポートランドともに現在は下位に甘んじている。同カンファレンスの1位は、ジョン・ストックトンやアダム・モリソンを輩出しているゴンザガ大。

ポップコーンと水を買って中へ入る。ビールはやめておいた。記者として入るわけではないので別にいいのだが、なんとなーく・・。

ライターの宮地陽子さんが先にいらしていた。彼女には今回の奨学金のことで早くから相談にのってもらい、いろいろとアドバイスをいただいた。プレップスクールへ選手を送るという形になったのも彼女のアドバイスがあってこそである。

いろんな人に助けられている。感謝。

会場内で次々と日本の人に会う。メディアの人、米視察中のコーチ、インターンとして経験を積みに来ている人、田臥勇太の所属するベイカーズフィールド・Jamのオーナー。やっぱりビールを片手に持ってなくてよかったっす。なんとなく・・。しばしバスケ好き日本人たちで談義に花が咲く。

3000人ほどは入ると言う客席は土曜の夜というのに3分の1くらいの入りか。テレビでよく見る、学生が一番上の席までぎっしり入っての騒々しい応援を想像していたのでちょっと意外。今イチ成績が振るわないから人気がないのか?全米上位にランクされるような大学とはやや違うということか。とはいえチアリーダーとブラスバンドはいて、騒々しいのは確か。

ゲストチームであるポートランド大の先発選手紹介、当然ブーイングの中、最後に紹介されたのは#5, Taishi Ito from Japan。伊藤大司、20歳のポイントガードである。日本人関係者が多いのはそのためだ。

もっともっとブーイングが大きくなればいい。彼のプレイが評判を呼び、名が売れて、行く先々でひときわ大きなブーイングを浴びる存在になれば。もちろんホームではその逆だ。わくわくしつつそんな日が訪れるのを勝手に想像したのだった。

前回の対戦ではポートランド大がホームで勝ったと聞いた。彼らは今夜、その雪辱を許すことになってしまった。LMUはとても良くシュートを決めていた。ポートランドのD(ディフェンス)にやや問題があったかもしれない。

それはさておき、この夜コート上で誰よりも自分を表現しようと奮闘していたのは、ポートランド大の小柄な日本人だった。贔屓目というやつか?そうは思わない。アメリカ人に聞いたとしても、そう答える人は少なくはなかったはずだ。

立ち上がりからよく声を出す。明らかにチームのほかの誰よりも出ている。苦戦に陥ったチームに奮起を促すべく何度も手を叩き、時に怒鳴り、プレイを指示し、チームメイトに声をかける。そこにいわゆる「おとなしい日本人」のイメージはない。高校1年からアメリカに渡って4年の間に彼が培ったものの確かさを感じさせる。

その間の努力を想像してみる。

彼とて初めは英語が話せなかった。自分の意志を伝えられない、でも伝えねばそこにいないと同じ、周りは流れていき自分は取り残される。自分が何者であるかをかけた、生き残るための自己表現、そのための言葉。前に出て傷つき、落ち込み、乗り越える。

不安が膨らんだ日は、自分が選んだこの道は正しかったのかと答えのない問いが浮かぶかも知れない。ひどい回り道を、しなくてもいい馬鹿げた苦労をしていると結論づけた瞬間、楽になるが、道は消える。だから前を向く。ダンコたる決意を持って。
    
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ゲーム後、少し話を聞かせてもらった。それで思ったのは、日米のバスケットに違いがあり後者が世界のスタンダードであるならば、若いうちに海を渡りその国の文脈に適うバスケットをその身になじませることが大切だということ。その上で、日本人である自分の良さをどう表現するか。それは「売り」に出来る部分であるかも知れない。彼自身は日米の違いを俯瞰で語る言葉をさほど持たなかった。それはそうだ。それだけ今はアメリカのバスケットと一体化しているということだ。そうであればこそ、1年生でスタメンで、すでにしてリーダーシップを発揮しているのだ。

コーチやチームメイトからの信頼にまず感謝の言葉を口にする。アメリカに行かせてくれた両親に、先にアメリカに渡り目を開かせてくれた兄に、感謝を忘れない。そんな若者だった。

感謝の気持ちを持てるから、挑戦を恐れない勇気が生まれる。挑戦の苦労を知るから感謝の思いが涌く。

そしてまた前に出る勇気が芽生えるのだ。

                *

自分にとって今回の旅の目的は、奨学金を得た生徒が来年行くことになる学校やチーム、そこにいる人たちの様子を目で見て、伝えること。それはこの奨学金に応募したくても一歩を踏み出せずにいる、バスケが好きでたまらない連中に少しの勇気を持ってもらうためだった。

パスはただそれを待っているだけの者には来ない。自分で声を上げ呼ばなくては。

勇気を持って。

待ってるよ。

 
井上雄彦 
02/04/2007